笑いの表情を創る・取り戻す手術治療:顔面神経麻痺に対する遊離筋肉移植術による笑いの動的再建手術

今回は、私たちの行っている、最新の知見を取り入れた広背筋を用いた一期的遊離筋肉移植術による笑いを取り戻す手術についてご紹介いたします。

メビウス症候群などによる生まれつきの顔面神経麻痺、脳腫瘍(聴神経腫瘍、顔面神経鞘腫、小脳腫瘍)などに伴う顔面神経麻痺、ベル麻痺・ハント症候群の後遺症による顔面神経麻痺では、顔の機能として大切な「笑い」の表情が失われてしまいます。

通常、顔面の表情筋は、麻痺が2年以上経過しますと、次第にやせてしまいます。従って、上記による顔面神経麻痺が2年以上治らない場合、笑いの表情を取り戻すためには、失われた表情筋に代わる筋肉を自分の体のどこからか持ってくる必要があります。

当・東京警察病院形成外科において、1976年に波利井清紀先生(東京大学形成外科名誉教授、現・杏林大学形成外科教授)が、世界で初めて笑いの表情を取り戻す手術:遊離筋肉移植術を行ったのが発端となり、その後様々な改良を重ねられ、現在では世界の標準的な手術方法と確立されました。

Harii, K., Ohmori, K., Torii, S. Free gracilis muscle transplantation, with microneurovascular anastomoses for the treatment of facial paralysis: a preliminary report. Plastic and reconstructive surgery, 1976, 57(2), 133-143.

実際に行われているこの手術には、1期法と2期法の二つがあります。

1期法は、広背筋という筋肉を用いて、この筋肉についている神経は15cmほどつけて行う方法です。広背筋についている神経は、15cm程度とれますので、そのまま鼻の下から麻痺していない側の顔面神経までつなげられますので、1回の手術で筋肉移植術が可能です。私たちは、この方法を採用しております。

もう一つの、2期法は、欧米を中心に行われている方法で、まず第1回目の手術では、下腿のふくらはぎから腓腹神経という神経を採取して、麻痺していない側の顔面神経につなぎ、麻痺側の筋肉移植する予定のあたりにもう一方の神経断端を置いておきます。こうして、6カ月以上経過すると、麻痺していない側からこの神経を伝って顔面神経が麻痺側に延びてきます。顔面神経が麻痺側に延びてきたことが確認されたら、第2回目の手術として、大腿の内側にある薄筋という筋肉を移植して、延びてきた神経とこの筋肉の神経をつなぎます。なぜこのような2回に分けた方法ととるかと言いますと、大腿の内側の薄筋という筋肉を動かす神経(閉鎖神経)は7cm程度しかとれないため、このような2回に分けた手術が必要となります。

 

遊離筋肉移植術では、移植する筋肉とこの筋肉を栄養する動脈と静脈、さらにこの筋肉を動かす運動神経を含めて一塊として採取し、これを麻痺側の顔の頬部皮下に移植する方法です。もちろん、筋肉を生きたまま移植しないと意味がありませんので、筋肉を栄養する動脈と静脈は顔面の動脈と静脈に顕微鏡下でつなぎ、さらに筋肉を動かす運動神経は、顔面神経や咬む筋肉の神経につなぎます。このようにすることで、手術後3-4カ月以降に顔面の神経が移植した筋肉に再生してきますと、移植した筋肉が次第に動き、やがて笑いの表情が生まれます。

 

この手術は、技術的にも大変難しいのですが、それ以上に重要なことは、移植した筋肉を動かすための神経がしっかりと再生してくることです。その上で、この移植した筋肉の動きが、麻痺していない側の表情筋の動きと調和して、良い笑いの表情を取り戻すことが何よりも重要になってきます。

 

私たちは、一期的遊離筋肉移植術による笑いを取り戻す手術のさらなる治療成績向上のために移植した筋肉の機能性を高める方法として、顔面神経咬筋神経の二種類の神経を移植した一つの広背筋につなぐ新しい手術方法を2009年に世界で初めて発表させて頂きました(Watanabe Y, et al: Dual innervation method using one-stage reconstruction with free latissimus dorsi muscle transfer for re-animation of established facial paralysis: simultaneous reinnervation of the ipsilateral masseter motor nerve and the contralateral facial nerve to improve the quality of smile and emotional facial expressions. J Plast Reconstr Aesth Surg 2009, 62(11):1589-97)。

幸い、論文の中の図の一つが、この号の表紙を飾らせていただくことを許されました。

顔面神経麻痺の笑いの再建手術:遊離筋肉移植術による動的再建術

 

日本語版は、「渡辺頼勝ほか:Dual innervation methodを用いた陳旧性顔面神経麻痺に対する笑い表情の再建―遊離移植広背筋への患側咬筋運動神経と健側顔面神経の同時二重神経再支配について― 形成外科 2011,54(2)177」をご参照いただければ幸いに存じます。

お問い合わせ頂いた方には、英文、和文どちらの論文もPDFファイルでお送りいたします。ファイル請求はこちらへどうぞ。

この論文を発表させて頂いて以来、多くの先生方にもこの方法を遊離筋肉移植術に応用して頂き顔面神経麻痺の治療法がさらに進歩を遂げております。

私たちは、現在、2009年発表の方法をさらに発展させた、新しいコンセプトの遊離筋肉移植術の開発に取り組んでおります。1,2年以内を目標に、この新しい方法をご紹介し、顔面神経麻痺の方々によりよい笑顔を届けたいと願い、日々治療に全力で取り組んでおります。

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